豪華客船「にっぽん丸」で学んだ、完全アウェーを味方にする音と空気作り|プロが語る現場コミュニケーション論 | beside

豪華客船「にっぽん丸」で学んだ、完全アウェーを味方にする音と空気作り|プロが語る現場コミュニケーション論 | beside

「ライブハウスに出演しても、対バンのファンやお客さんに自分の曲を聴いてもらえない……」
「ステージの上で一生懸命歌っているのに、会場の空気が冷え切っていて心が折れそうになる」
「自分を知らない人たちの前で、どうやってファンを作ればいいのかわからない」

音楽活動をしているアーティストやシンガーソングライター、バンドマンの方なら、一度はこうした「完全アウェーの壁」にぶつかったことがあるのではないでしょうか。

自分のことを知ってくれているワンマンライブなら、温かい拍手の中で気持ちよく歌えます。
しかし、一歩外に出れば、世の中のほとんどのステージは「あなたの名前も曲も誰も知らないアウェーの場所」です。

この記事では、音楽指導歴約17年・累計500名以上の育成を行い、福岡・中洲の箱バン(専属生演奏バンド)からお祭り、そして日本屈指の豪華客船「にっぽん丸」の船上ステージにて専属PA・演奏現場を担当したbeside代表・隈元 勇樹が、「アウェーの会場を味方に変える空気作りの本質」「船上ならではの生々しい音響オペレーションの裏側」、そして「知らないお客さんにオリジナル曲を届けてCDを買ってもらうためのプロの逆算思考」を余すところなく語り尽くします!

1. 豪華客船「にっぽん丸」で演奏することになった経緯

「隈元先生、豪華客船の『にっぽん丸』で演奏してくれるミュージシャンを探しているんですが、どなたかいませんか?」

ある日、僕が教えていたボーカルスクールの生徒さんから、そんな思いがけない相談をいただいたのがすべての始まりでした。

求められていたのは、乗船する大切なお客様たちを良質なカバー曲の生演奏で心から楽しませること。
僕が率いていたユニット「Raspberry Dream」は、もともと福岡・中洲の箱バン(クラブやバーでの生演奏)として毎夜過酷な現場をくぐり抜けており、さらに放生会(ほうじょうや)のような大きなお祭りや競技大会など、老若男女が集まる多彩な現場で叩き上げられてきたチームでした。

圧倒的なレパートリーの広さ、どんなリクエストにも即座に対応できる演奏力と歌唱力。
「この現場なら、Raspberry Dreamが絶対に期待以上の感動を届けられる」と確信し、オファーを受けることになりました。

さらに、船内には専任の音響エンジニアがつかない場所での演奏も多数含まれていたため、僕自身が「Raspberry Dreamの専属PAエンジニア兼サポート」として一緒に乗船することになったのです。

2. 最初から「自分たちの音楽」を聴かせようとしなかった

乗船してすぐ、目の前に広がっていたのは、人生の酸いも甘いも噛み分けた、かなり年齢層の高いお客様たちでした。
若い世代が集まるライブハウスとは、客層も空気感も180度異なります。

しかし、これはRaspberry Dreamにとって、むしろ「一番得意とするフィールド」でした。

中洲の夜の現場やお祭りで歌ってきた経験から、年配のお客様がどんな音楽に懐かしさを覚え、どんな瞬間に心を開くのかを肌感覚で知り尽くしていたからです。

ウェルカムミュージックで選んだ「洋楽の名曲たち」

お客様が乗船して最初に耳にする「ウェルカムミュージック」。 ここで僕たちが選んだのは、マニアックな曲でも最新の流行歌でもなく、**「誰もが人生のどこかで一度は耳にしたことがある、耳馴染みの良い洋楽スタンダード」**でした。

旅の始まりを彩る心地よいアコースティックな響きに、お客様たちは足を止め、笑顔で手拍子をしてくれました。
最初からお客様の反応は驚くほど肯定的でした。

もしここで、「自分たちが普段やっているマニアックな曲」をいきなりぶつけていたら、お客様は「うるさいな」「知らない曲だな」と心のシャッターを閉じてしまっていたはずです。

アウェーを味方にする第一歩は、「自分たちが聴かせたいもの」を押し付けるのではなく、「今、この人たちが聴いて心地よいもの」を差し出すことにあります。

3. 「決めたセットリスト」をそのまま演奏しない現場対応力

船上でのメインステージが始まってからも、僕たちはあらかじめ紙に書いたセットリストを機械的になぞるような演奏は一切しませんでした。

ステージ上からお客様の表情、グラスを傾ける手元、夫婦で交わす視線をじっと観察し、「その場の空気とリクエストに合わせて、MCも選曲もリアルタイムで組み替えていった」のです。

【アウェー現場でのコミュニケーション・ループ】
1. 誰もが知るカバー曲で場の緊張をほどく
2. お客様の笑顔や反応の大きさを見極める
3. 客席から飛んできたリクエストや会話をMCで即座に拾う
4. 会場の空気が最も温まった瞬間を見計らって「オリジナル曲」を投入する

当初の予定では、すべてカバー曲だけでステージを構成する計画でした。
しかし、カバー曲でお客様との距離がグッと縮まり、会場全体が温かい一体感に包まれた瞬間、僕たちはその場で予定を変更し、自分たちのオリジナル曲をセットリストへ滑り込ませたのです。

4. なぜ、知らないお客さんに「オリジナル曲」が刺さり、CDが売れたのか?

結果はどうだったか。
カバー曲目当てで集まっていたお客様たちが、初めて聴くはずの僕たちのオリジナル曲にじっと耳を傾け、曲が終わると割れんばかりの拍手を送ってくださいました。

ステージ終了後、船内に持参していたCDは驚くほどの勢いで売れていきました。

これは「豪華客船という特別なシチュエーションだったから」ではありません。
中洲のバーでも、街角のお祭りでも、路上ライブでも、本質はまったく同じです。

「知らないお客さんであっても、まず相手が喜ぶ演奏で信頼関係を築くことができれば、その後に差し出すオリジナル曲にも必ず興味を持ってもらえる」のです。

多くのインディーズアーティストは、この順番を逆にしてしまいがちです。
信頼関係もできていないうちから「これが僕のオリジナル曲です!聴いてください!」と叫んでも、通りすがる人にとっては「知らない人の知らない歌」でしかありません。

「相手を楽しませるのが先、自分の自己表現はその後」。
この徹底したサービス精神こそが、アウェーを熱狂的なホームに変える絶対の法則です。

5. PAエンジニア視点のリアル:船内特有の反響と「リバーブの引き算」

演奏面だけでなく、音響(PA)としても、豪華客船の船内はライブハウスとはまったく異なる過酷な環境でした。

船内は、音響専用に設計されたホールとは違い、壁の材質、低い天井、特殊なスピーカー配置などによって、独特の硬い反響(レゾナンス)が発生します。

「響かせれば良い音になる」という大いなる勘違い

初心者のPAやDTMerが陥りがちなのが、「音がスカスカに感じるからリバーブ(残響)を深めにかけよう」というアプローチです。 しかし、もともと反射の多い船内空間でリバーブを深くかけると、音がモワモワと濁り、歌い手の言葉の輪郭が完全に消え去ってしまいます。

僕が船内のPA卓で施したのは、「リバーブを普段の半分以下に抑え、中音域の抜けをイコライザー(EQ)でピンポイントに整える」という徹底的な引き算の処理でした。

空間そのものがすでに持っている残響を味方につけ、マイクから入る声は極めてドライかつクリアにスピーカーへ送り出す。
これによって、高齢のお客様でも歌詞の一言ひとことが耳元で語りかけるようにスッと届く、極上の音響空間を構築することができました。

6. 初めて触るRolandのデジタルミキサーを手探りで攻略した日

さらに現場では、予期せぬトラブルもありました。
船内にはRolandの本格的なデジタルミキサーが常設されていたのですが、なんと乗組員の中にもそのミキサーの詳しい操作方法を知る人が一人もいなかったのです。

僕自身、そのモデルを現場で触るのは初めてでした。
しかし、リハーサルの時間は刻一刻と迫っています。「使ったことがない機材だからできません」と投げ出すわけにはいきません。

現場で答えを見つける力

デジタルミキサーの画面構成はメーカーごとに異なりますが、「入力ゲイン ➔ EQ ➔ コンプ ➔ エフェクト ➔ バスルーティング ➔ マスターフェーダー」という**音響の本質的な信号の流れ(シグナルフロー)は世界中すべての機材で共通**です。

リハーサルで実際にマイクの音を出し、メーターの振れとスピーカーからの出音を自分の耳で確かめながら、階層の深いメニューを手探りで一つひとつ紐解いていきました。
結果として、本番前には完璧に意のままにコントロールできる状態へ仕上げ、本番の素晴らしい音響オペレーションを成功させることができました。

この経験から学んだのは、「マニュアル通りの知識よりも、現場で音を聴きながらその場で答えを導き出す適応力こそが、プロの現場力の正体である」ということです。

7. まとめ:上手い演奏を目指すな、「相手を思いやる音楽」を鳴らせ

インディーズで活動していると、どうしても「自分の曲を聴いてほしい」「自分の世界観を認めてほしい」というエゴが前に出てしまいがちです。その情熱自体は素晴らしい原動力です。

けれど、ステージに立っている瞬間だけは、その矢印を180度ひっくり返してみてください。

【アウェーを味方にするための3大黄金律】
1. 「聴いてほしい」ではなく「どうすれば楽しんでもらえるか」から逆算する
2. 目の前のお客様の世代や空気感に合わせて、選曲やMCを柔軟に変化させる
3. 会場の空間特性(部屋鳴り)を耳で聴き、無理なエフェクトをかけず引き算で音を作る

にっぽん丸の船上で、最初は何の興味も示していなかったお客様たちが、最後には涙を浮かべながらCDを手に取ってくれたあの光景。
それは、僕たちが素晴らしい音楽技術を持っていたからではありません。

「今、目の前にいるたったひとりの大切な相手のことを、本気で思いやって音を鳴らしたから」です。

あなたの音楽がアウェーで届かないと悩んでいるなら、ぜひ一度、客席にいる人たちの顔をじっくり見てみてください。
相手を思いやる気持ちさえあれば、どんなアウェーの場所であっても、そこは必ずあなたの温かいホームに変わります。

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Sound Producer Yuki Kumamoto
WRITTEN & SUPERVISED BY

隈元 勇樹(Yuki Kumamoto) / beside代表・プロデューサー

音楽指導・DTM育成歴約17年、年間2,000回以上のマンツーマン指導を行い、累計500名以上のシンガー・VTuber・クリエイターを指導・育成(Good Coming 桐明孝旨氏、SOLIDEMO 佐脇慧一氏などメジャーデビュー前の指導実績)。自身も劇場公開映画の主題歌や、ハウステンボス・H.I.S.・ONOグループ等の大手企業CM音楽を手掛ける現役プロデューサー。「下手でも本人が弾いた音で録るのが一番ファンの心を動かす」を哲学に、クリエイターの隣で伴走し続けています。